悪くないか悪いか

http://tyoshiki.hatenadiary.com/entry/2017/03/11/123437

面白い題材を落としてくれる人には感謝感激ですね。

これはRPGで言うなら、プレイヤーの視点で見るとこういう言い回しとかが出て、役に立たない主観な意見が乱立するけど、理想的な世界から逆算すると、答えはわかる。

答えは、悪くはないけど、そのままだと、本人はもっと損をする、である。

これはありとあらゆる犯罪の被害者にも言える事であり、ありとあらゆる傷付いた人達に対する、残酷だけど希望の言葉だ。

空き巣が居たとする、空き巣が100%悪いが、空き巣が消えない限り、鍵や防犯は必要だし、それは今のトコロ自己負担だ。
これに対して、私なんかは改善策として、泥棒はもっと懲役とか罪を重くして、泥棒の財産から持ち主に被害額も一生かけてでも支払わせるか、あるいは社会的貧困がそれを生み出したなら、国がその被害者を金銭的に補填するとか(そうすれば、国も自分たちの国で犯罪増えたら困るから今のような手抜き仕事にならなくなるし)国民の防犯は国の努めという事で、国民の財産を守る為に国が防犯費出すとか、色々沢山改善案を考えられるし、どれがベターかな?なんて議論を皆としたいと考えるわけだけど、これで、鍵かけなかったから悪い!お前が盗ませたようなものだろ!きいいいい!!!とヒステリーで責めたりするのは、昨今の、痴漢されるのはされる方が挑発的な格好してるからだ論と同じく酷い話だと思う。

酷い話だけど、現状鍵をかけたりALSOKしないという選択肢は防犯しっかりするなら、ありえない話であって、だからこそ「悪くはないけど、可哀想だけれど、それをしないと損するのは被害者本人なんだよね、悲しい。」というのが正解だと思う。

この人は個人の視点で自分を律しなければ、という、まあ如何にもな日本人気質な感じするけれど、私はこれは皆がこの人みたいに思うと被害者が苦しくなる現状になると思っていて、今の日本の社会はまんまそう、自己責任論の世界、だと思う。

そこには、自分が自分をどう思うか、で完結されていて、自分に厳しくしないと周りは誰も助けてくれないよ、な世界観だと思う。

私は違う視点から見て「自分が他人をどう思うか、どう接するべきなのか」をもっと今の日本人は身に着けなければならないと思う。

つまり私の意見としては「可哀相な被害者には、出来るだけ手を貸して、本人に立ち上がらないともっと辛いよ、でも、立ち上がれたら君は英雄だ」と、褒めて認めてあげる事だと思う。

ペトラスさんは、↑の記事の中で、良い人だけれど、話を聞く限り、一つだけ失敗したのは、それから抜け出せる事が幸せになる近道で、それは君にしか出来ない事だ、と教えてあげられなかった事なのではないかと思う。

未熟、と人を責めるのは簡単だけれど、そんな自分も未熟だと自覚して、未熟な人を助けてあげられるのが、何処まで行っても未熟な人間の、誰もが誰かからの被害者で、可哀想で、それでも自分で切り開かなきないけない時が来る人間の、悲しいけど希望の道なんじゃないかと、そう、僕は思いました。

最後の親についての話は教育の不平等に関してだけれど、私は昔から一定水準の教育の質を上げるべきだと思っていて、その為に、国として、自治体でも、地域や、住む場所という全体、総体が、親という存在にもっとスポットと支援をすべきだと思っています。
子供が国の宝なら、親はそれを育てる宝の守り人、彼や彼女らに、あまりにも国や他人は冷たいのでは無いかと。
ある程度、教育のテストや、子供を育てる方法、その他親が知るべき、成功した親や、失敗した親のどうすべきか、なんたるか、どれが虐待に当たるかなど、知ろうとしなくても子供を作れるようになるまでには空で言えるほど理解している、そんな社会になってくれれば、それが、子供が生まれてからでも手軽に学べる社会になれば、親を恨む子供も居なくなる、そう思います。
これについても「子供は悪くないし、親も悪くないけれど、全て国が悪いけれど、悪いと言うだけでは不幸になるのは、悲しいけれど当事者、それからたちあがれるならば英雄」
そういう考えで皆が親や子供に、もしくは上で言った何らかの被害者達に思えるようになれば、優しい未来に一歩だけ近付くような気がするのです。